Nobuyuki Matsuhisa

グローバルで日本的なビジネス、チームを率いるカリスマシェフNOBU 松久信幸シェフ インタビュー

世界一のシェフと呼ばれる日本人、松久信幸。世界を飛び回るこのシェフにはなかなか会えないという。幸い、ある日の午後、ホテルオークラにほど近い、日本のNOBUでお目にかかることができた。

すっきりと刈り上げた頭髪、やや日焼けした顔に真っ白なコックコートをまとってその人は現れた。70歳を超えているとは思えないエネルギッシュな歩き方と屈託のない笑顔が印象的だ。

世界の人々を癒し、虜にしてきたそのビジネスの手腕は誰もが注目するところだ。NOBUの総帥はどんな哲学をもってそのビジネスを育ててきたのだろうか。

お話しをお聴きするうちに、いつの間にかその哲学の奥深さ、トップとしての懐の深さに深い感銘を受けた。世界の人々を満足させて続ける彼のビジネスには、ファミリー的な考えがあり、古き良き日本の美学があった。

世界一のシェフと呼ばれる男はまた、世界一魅力的なビジネスマンであり日本人だった。すべてのビジネスマン、起業家に読んでもらいたい、忘れられないインタビューとなった。

世界中で人気なNOBUフュージョン料理(写真:NOBU restaurants)

質問:2020年からの新型コロナウィルス感染拡大にあっても、スピードを緩めることなくビジネスを展開していらっしゃいましたが、それはどうしてでしょうか。

松久:実際にパンデミックになった時には、ビジネスがストップしたところはあります。現実に、ノブのハワイは締めざるを得なくなりました。その他にもいくつか一時的締めたレストランなどはあります。しかし、新型コロナウィルス感染拡大になる前から、我々のプロジェクトは立ち上がっていました。それは、「はい、やります」と言って出来るものではありません。何年も前からそういった話がありましたし、それで新型コロナ感染拡大中でもそのプロジェクトが進んでいたということです。

ですので、実際にパンデミックの最中でも、ワルシャワ、ロンドン、シカゴ、シドニーなどのいくつかのホテルとレストランが、新型コロナ感染拡大という状況にもかかわらずオープンしています。

確かに苦しいという時期もありましたけれども、ある意味、そういう中で新しいホテル、レストランが開店できたということは、僕としては非常にラッキーだったと思っています。これは決して当たり前ではありません。色んな被害が出ていますし、そうした被害にあわれた方もいらっしゃいます。倒産した会社も現実には沢山あります。そんな状況にあっても、現実にやりつづけてこられたというのは、やはりチーム力があったからではないでしょうか。「チーム力」というのが、僕にとっては大きな力になっていると思います。

質問:「チーム力」とは、創業当時から基本としていらしたのでしょうか。

松久:そうですね。当社のコンセプトでしょうか。当社は、本当に最初は小さなところから始めました。いうなれば、パパママビジネスみたいな、ファミリーのビジネスでした。

僕の原点である「Matsuhisa」は1987年に開店しました。最初のNOBUは1994年に開店しています。その当時から、お客さんに喜んでいただくということと、チームによって一つのビジネスを広げていくことを目指していました。

チームというのは、最初はチームではないものです。それが新しいジェネレーション、次の世代が出てくるときに、チームになって行くのでしょう。たとえば、ファミリーであれば、親は息子·娘を教育し、さらに息子·娘は妹弟を教育する。そうすれば、新しいビジネスですから、新しく参加してきた人たちが、育って行きます。

最初はNOBUでウェイターの仕事をしていた人が、今はNOBUのCOOになっている。チームの大切さとは、NOBUの中で育った人間が、今は幹部候補生になっているということにあります。それが一番の強みだろうと思っています。

質問:それは日本的な組織の作り方の一番の強みといえるのではないでしょうか。

松久:そうですね。僕はやっぱり日本人なので、そういうところを大事にしていますね。それとやはりチームを大事にしていって、チームのコミュニケーションが大事だと思います。

質問:チームというのは全てご自分で統括していらっしゃるのでしょうか。

松久:いや、今はもうそんなことは無理です。ですから、たとえばここにいる小林君は、もう21年間NOBUに勤務しており、現在はNOBU東京のGMを務めています。また、アジアにある店舗なども統括しています。シンガポール、フィリピン、マレーシアにも管理する範囲は及んでいます。来月は、オーストラリアに三軒の店舗があるのですが、そこに彼を連れて行って、そこからまたビジネスが広がっていくということになります。ですので、来月は、彼はシドニー、メルボルン、パース、クアラルンプール、シンガポールをずっと回る予定です。もちろん、僕も一緒に回ります。

昔はいつもそうしてやっていたのです。ですが、今はチャンスを与えられた人が次の扉を開けて、次のステップに行くというやり方になってきています。小林君もNOBUコーポレーションのCOO田原君もウェイターからキャリアを始め、初めて会社のトップに登った人達です。シェフでもアジアやヨーロッパのコーポレートシェフ、アメリカのコーポレートシェフも、昔からNOBUで育った人であり、その人たちが責任をもってビジネスを展開し、なおかつ次の世代を育てています。

質問:そうした積み重ねがあってこそ、新型コロナ感染拡大にも関わらず、ビジネスを維持できたのではないでしょうか。

松久:そうですね。乗り切れたのはチームの努力だと思います。しかし、チームというものは確かに大事ですけれども、必ずいいチームがトップになるかと言えば、それは必ずしも「そうだ」とは言い切れないですね。それはなぜかというと、確かに会社の組織としてのチームは大事です。いいチームを持つということは、会社にとっても宝だとは思うけれども、一人ひとりは人間です。今まで僕は何度も見てきていますが、チームの中にあって、自分が統括する立場になったとします。それは今まではその人の努力です。ですが、そこで勘違いをして脱落していった人間もいるのです。

ですから、僕はいつも若い人たちに、「もらったチャンスを掴むのはあなたですよ」と言います。我々は、「チャンスを君たちに与える」というか、ドアを開ける鍵までを渡すことはできます。ですが、いいチームはできましたが、チームリーダーの中には、それを勘違いしてしまって、せっかく掴んだチャンスを逃してしまうこともあります。もったいないです…。

しかし、NOBUの強いところは、次の世代が沢山いるわけですよね。一人のリーダーが選ばれました。そのリーダーが勘違いしてダメになりました。そうしたら、次の人がチャンスをもらえることができるわけです。それが一つの層の厚みです。

質問:層の厚みを作るには人材を育てることが大切なのではないでしょうか。

松久:それが一番だと思います。それと同時に、その本人の努力だと思います。努力というのは、「自分がやっています」ではありません。結局、我々はビジネスですから。トップの人間が、例えばシェフでもマネージャーでも、彼らがコストの管理、品質の管理などをやっていれば、自然にではないけれど、お客さんは来てくださるようになります。そして、いらしたお客さんは喜んで帰って行かれる。我々の仕事は、毎日、そうしたことの繰り替えしなんですね。結局、管理する人間がしっかりしていれば、おのずから、お客さんがいらしてくださり、プロフィットが出てビジネスが大きくなっていくということです。最初からそういうものを求めるのではなくて、人材を育てていく。そのためにはしっかりしたビジネスのフィロソフィーを、一人ひとりが理解してやっていくことが大事です。

今はNOBUというのは、第三者からみるとひとつのブランドになっているかもしれませんが、それは今にしてできたわけではありません。ブランド力というのは、今になって認めてもらったというよりも、長くやってきた結果がそういう風になっているということです。そういう風になりたいと思ってやったわけではなく、やった結果に、全てはそういう形としてついてくるのではないかなと思っています。

質問:現在、NOBUは全世界で50店舗以上を持っていらっしゃいますが、更に進歩を続けていらして、多国籍企業として展開していらっしゃいますね。では、スタッフの教育は、国によって違えているということはおありなのでしょうか。国民性の違いなどを意識していることはおありでしょうか。

松久:そういったことはあります。国が変われば文化も変わります。これだけ多くのお店があることと、みんなが違うということもあります。一人ひとりは、問題を抱えている人間もいれば、10人が10人、いろんな思いで仕事をしています。僕らとしては、いかにしてみんながハッピーな状況で仕事ができる環境を作るかです。それは僕ではなくて、マネージャー、店のリーダーに依ります。コミュニケーションがいかに大事かということです。

新型コロナ感染拡大の前は、僕は年間10カ月、殆ど世界中を回っていました。家はロスアンゼルスにありますが、そこには年に2か月いるかどうかでした。それはなぜかと言うと、そこにはチームがいるからです。NOBUというのは僕の名前なのですが、僕を信じて仕事をしてくれる人も沢山いるので、僕は時間があれば各店舗に行って、いろんなチームと話をしたいと常に思っています。それなので、東京は月に一回は来ていましたし、その他にも世界中を回っています。そういうことは僕の責任ですし、仕事ですから。自分で行ったところで、他の国にあるNOBUはどうなっているとか、こんな料理ができているとか、こんな問題があったとかということを知りえるわけです。

僕は行く先々でチームのリーダーたちと話をします。スタッフたちとコミュニケーションの場を作って、今までに自分の経験などを若い人たちにアドバイスとして伝え、信じてもらえると、やはり裏切ってはいけないということになりますから。これは日本の考え方かもしれないけれども、もらったものはそれ以上にして返してあげたいというのが本当僕の気持ちです。

質問:スタッフレベルと触れ合うということがあるのですね。素晴らしいことだと思いますが。

松久:僕はそれを当たり前のことだと思っています。僕も、僕の先輩、師匠などに、そういうものをみせていただいています。一生懸命やっていると、どうなるか。一生懸命という言葉で相手に伝える必要はないと思うのですよ。見ていて分かるということです。料理でもそうですけれど、一生懸命やっていたら、自然的においしい物ができるというのが、僕の摂理です。ただ単においしい物を作るだけでなく、いかに心を入れるかが、大事です。これは料理でもあり、ビジネスでもあり、対人関係でもそうだと思うのです。

質問:新型コロナ感染拡大に伴って、海外の渡航が難しくなりましたが、材料なども入らなくなったということがありますが、そういったことでの困難はおありでしょうか。ケータリングを始められたということもお聞きしていますが、いかがでしょうか。

松久:僕はアメリカがベースになっています。それなので、この3年間の間に、まずはお店を閉めなければならなくなりました。ですが、それからすぐにお店を開けられるようになったときに、店を閉めた状態で、お客さんが来られない時には、すぐにテイクアウトを始めました。テイクアウトを始めて、それが形になってくると、今度はお客さんの家に、PCRなどのテストを受け、少人数のケータリングをやるようになりました。

そういうような時期があって、ビジネスは多少落ちたけれども、マイナスではなかったです。それは会社としてとてもラッキーでした。そういうことをやっているうちに、段々前より良くなってきました。お店も開けられるようになったし、お料理も出せるようになったと。好転していくわけですね。日本でも、(パンデミックの最初から)3年後にはそういうようになってきています。ですが、まだまだ我々にとってコロナとは未知のものです。(日本と海外も認識が違い)今日もタクシーに乗りましたが、僕はマスクをしていないので、運転手さんにマスクをして下さいと言われました。それは一つの決まりだからしょうがないのですが、実際にはアメリカとかヨーロッパでは誰もマスクをしていません。

質問:コロナ禍にあって、材料の仕入れなどに不都合はおありだったのでしょうか。

松久:材料の仕入れの問題などは余りありませんでした。我々の世界は、いつも同じ材料を使うのではなくて、在る材料から料理を作るというのがコンセプトになっていますから。ただ、材料の値段が上がってしまってビジネスができなくなったということは実際にありました。ですが、この材料が無いからビジネスができなくなったということはありませんでした。

うちのメニューのコンセプトとは、「シグネチャーのもの」は世界中みんな同じです。日本でもそうですが、その土地で取れるもの、その季節に取れるものを使っていくというのがコンセプトになっています。ですので、いわゆる「和食、和食」としていて、これはなければいけないというのがコンセプトではないのです。だから、材料があれば 非常にフレキシブルなことができます。それが一つのNOBUスタイルの強みだと思います。

最高級の食材を使った一品(写真:NOBU restaurants)

質問:ホテルを開店していらっしゃいますが、今後はレストランとホテルのどちらに重きを置かれるのでしょうか。

松久: ホテルからのオファーはこれまでそのホテルでレストランを開店させることだけでしたが、今我々にオファーしてくる人は、要するにレストランイコールNOBUホテルであり、その中にNOBUのレストランが入っているというコンセプトを理解しています。ですので、今度は30店舗目ができることをアナウンスするまでになっています。

質問:休日、特別な時間をNOBUというブランドで過ごし、おもてなしを受けるということを一連のコンセプトとして考えていいのでしょうか。

松久:そういうような形がきまりきまったものはないのです。レストランもホテルもホスピタリティのビジネスで、基本的には一緒なんです。ただ、ホテルはもっとオペレーションが大きいでしょう。レストランは予約して食べて帰られる。ホテルは食事して、そのあと、一晩か二晩過ごしてということになります。そこには違ったチームがいなければ、オペレーションはできないでしょう。

レストランでは美味しい物を喜んで食べ、心地よいサービスを受けて帰っていただく。ホテルはそれにプラスして、居心地のいい空間なり、お客さんがハッピーになる状況を作ってもらえるような環境を作る、ホテルのコンセプトをつくるということで、基本的にはホテルもレストランも同じで、そこに泊まって、食べて、帰ってという最低限の形を整えることです。喜んでいただかないと、リピーターになっていただけないのですから。

最後に教えていただけますか。疲れた時にお召し上がりたい食事とは何でしょうか。

松久:日本人なので、麺類とかお茶づけとかでしょうか。何か食べなきゃいけない、何かをおなかに入れなければいけないという時に、そうしたものを食べたいと思います。

松久信幸様、ありがとうございました。

フラッシュバック:東京のレストランのオープニングセレモニーでゲストを迎える松久信幸

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