パヴェウ・ミレフスキ駐日ポーランド大使インタビュー

ポーランドと日本は文化、経済交流にとどまらず、相互の尊重に基づいた長期に亘る友情を共有してきた。

この度、パヴェウ・ミレフスキ駐日ポーランド大使にインタビューし、ポーランドと日本の関係における重要な目標について語っていただいた。インタビューでは、ウクライナ戦争がポーランドと日本両国にもたらした影響、日本のヨーロッパへの関与、日本におけるポーランド文化の存在、予期せぬ協力を浮き彫りにした東京オリンピックでの出来事などに及んだ。

パヴェウ・ミレフスキ駐日ポーランド大使 東京のポーランド大使館にて
パヴェウ・ミレフスキ駐日ポーランド大使 東京のポーランド大使館にて
ポーランド名物ポンチキ
ポーランド名物ポンチキ

日本とポーランドの関係について少しお話ししていただけますか。

はい、まずは一緒にポーランドのドーナツ(ポンチキ)をお召し上がりください。

ポンチキは日本でもとてもよく知られておりますし、これは友情の象徴ともいえることをお伝えしなければなりません。 ポーランド人コミュニティについて申し上げれば、現在は約 2,000 万人のポーランド人が海外に住んでいます。また、その多くがシカゴに住んでいることは注目に値するのではないでしょうか。これは、世界中のさまざまな場所に対してのポーランド系住民の(ポーランドへの)愛情を反映していると言えます。 ポーランド人は北米だけでなくオーストラリア、ニュージーランドなどの国にも定住しています。

その理由は歴史的要因に根ざしていると言えます。 歴史上、ポーランドは常に西側と東側の両方からの抑圧に直面してきました。日本のジャーナリストはポーランドになぜウクライナ人を助けるのかと私に尋ねますが、この答えには次の例えを用いて説明しています。その例えとは、もしあなたの隣の家が火事になったらどうしますかというものです。その理由に答えるも、まずは隣人を助けることに走るでしょう。

こうした問題について日本の友人と話し合う時には、必ずと言っていいほど歴史の知識について言及することになります。 ロシアが領土の拡大を目指していた際、日露戦争が勃発したという歴史的な事実を日本人はよく知っています。 確かにロシアは良き隣人にもなり得ますが、変わってしまいました。 日本はロシアがウクライナに侵攻した際、ロシアに対して制裁を課ししています。なぜそうしたかということは、2014年のクリミア併合にまで遡ることができます。 日本人は、ロシアと中国を含んだアジアの他の権威主義国家とを区別していませんね。中国はチベット自治区の自治体制や台湾での自治体制などに関わる問題もよく知っています。同じように ロシアはジョージア、バルト三国などを含む他国への侵略にも意欲を示していますし、さらにはポーランドも将来同様の課題に直面する可能性があります。 日本は欧州に限らず、インド太平洋地域の安定を守ることの重要性を強調し、連帯の必要性を理解していると思います。

ウクライナ戦争が日本とポーランドに与えた長期的な影響についお話しいただけますか。

実際両国は、経済的には厳しい負担を要する難民の受け入れに意欲を示しています。 日本は過去12カ月においてGDPの1.5%を損失し、ウクライナは40%の損失を被っています。このようにこの侵攻によって引き起こされた破壊は、今後、たとえ戦争が終結に至ったとしても、復興の過程で財政的に厳しいものとなることを意味しています。 2022年2月24日以来、1,000万人以上のウクライナ人が東京から京都と同じくらいの距離の国境を越えてポーランドにやってきています。ポーランドはEU加盟国の中でも最も急速に発展している経済国の一つであるにもかかわらず、難民の受け入れは非常に大きな課題となっています。 現在、ポーランドのインフレ率は18%に達しており、難民受け入れの状況は政治情勢に大きな影響を与えています。その為、この問題はしばし選挙の中心的な議題となっています。

慎重に言葉を選びつつインタビューに答えて下さるパヴェウ・ミレフスキ大使
慎重に言葉を選びつつインタビューに答えて下さる、ポーランドのパヴェウ・ミレフスキ大使
隣国ウクライナに支援を続けているポーランド。ポーランド大使館にて
隣国ウクライナに支援を続けているポーランド。ポーランド大使館にて

岸田首相のキーウとワルシャワへの訪問についてどう思われますか。

岸田首相のこの訪問については、驚くと同時に感謝の気持ちでいっぱいです。 岸田首相の安全な訪問を確実にするため、ポーランドが後方支援を提供したことを考慮すると、岸田首相のキーウ訪問は注目に値すると言えます。 さらにバイデン大統領も同じようにキーウとワルシャワを訪問しました。 侵攻の現場からは9,000キロも離れており、地理的にも遠い日本が侵攻の本質をこれほどよく理解していることは驚くべきことと言えます。 岸田首相の訪問中に用意されていた警護と安全レベルを考慮すれば、キーウにいる岸田首相ほどプーチン大統領はモスクワの路上で安全を感じていないかもしれないという冗談さえ出てきたものです。

このような困難な状況にあって、文化的かつ民主的な世界が団結し、さらに日本がこの陣営の中で最も積極的で熱心なメンバーとして活動していることは 本当に素晴らしいことだと言えます。

この世界において、人類は皆兄弟姉妹であり、たとえ短期的に大きな代償を払うことになったとしても、お互いに気を配る必要があるということに同意なさいますか?

確かにそうです。そのご意見は正しいと言えます。中国について議論する際に忘れてはいけないことは、多くの中国人の親が米国、日本、あるいはヨーロッパ諸国などの無料教育制度のある国に子どもを送ることを望んでいるということです。それは注目すべきでしょう。 私がポーランド本国の外務省で太平洋アジア局長を務めていた際、北朝鮮の平壌を訪れる機会がありました。 そこでの状況といえば、それは1970年代にポーランドで経験した状況よりもさらに悪かったと言えます。 その状況は暗黒の共産主義時代に似ており、ジョージ・オーウェルの本からそのまま出てきそうな極度の貧困状態にありました。 こうした状況が日本のすぐそばで起こっているという事実があるということは、なぜ日本人がウクライナ情勢に対してこれほど深い感情的なつながりを感じているかを説明しているとも言えるのではないでしょうか。 その事実を直接目撃することができるのですから。 ウクライナと同様のシナリオが日本の近くで起こった場合、ポーランドはこの状況において日本と同じように対応するでしょう。 ポーランドは外部から可能な限りのあらゆることを行い、保護と支援を提供することでしょう。

ポーランド文化の重要性と日本でのその存在についてお話しいただけますか?

ポーランドはロシア、プロイセン、オーストリアによって3度の領土分割が行われました。ポーランドの国土は徐々に縮小していき、最後の分割後には存在自体が無くなってしまいました。文化、文学、詩、音楽という芸術がなければ、国家としてのアイデンティティを保つことは難しく、おそらくポーランドは存続できなかったでしょう。 ポーランドの芸術さえもこの存続への努力と関わっています。 作曲家のショパンはポーランドを離れることを余儀なくされましたが、ショパンの音楽は彼が祖国に対して抱いていた愛国心と愛を反映しています。それと 同じことは、特に共産主義時代の映画や文学にも言えます。

先ほど食についてもお話ししたように、日本ではポーランド文化に対する深い敬意が払われております。 この敬意は音楽、映画、文学などのさまざまな芸術形式にも及びます。 ポーランドでは各国を旅し、優れたピアニストとしてだけでなく優れた政治家、首相であったヤン・パデレフスキのような天才も尊敬されています。パデレフスキは日本ではよく知られており、尊敬されてもいます。 私が個人的に一番好きなピアニストは現在、東京に在住しているクリスチャン・ツィメルマンです。 ツィメルマンは時々大使館でも演奏を行い、ショパンの協奏曲の解釈においては日本の音楽界からも高い評価を受けています。

パヴェウ・ミレフスキ駐日ポーランド大使へ独占インタビュー

ポーランドと日本の協力に関する個人的な経験を何かお話しいただけますか?

東京オリンピックに出場したベラルーシ出身のアスリート、クリスティーナ・ツィマノスカヤさんのことを挙げます。 彼女は女子100メートルのトレーニングを積んできた陸上選手であるにもかかわらず、400メートルのレースに出場することを余儀なくされました。彼女はキャリアを諦めなければならないような怪我を恐れており、その理由で出場できないこと、コーチもその懸念を認めたということを私に話してくれました。 それで彼女は断る決断を下しました。 ですがベラルーシオリンピック委員会は、ツィマノスカヤさんが拒否した場合には厳しい結果が待っているという通告をしてきました。さらには 1時間以内に持ち物をまとめてベラルーシに向けて出国するように示されました。

ツィマノスカヤさんは羽田空港まで連れて行かれましたが、飛行機への搭乗を拒否しました。 空港の警察はオリンピック委員会に対して、ツィマノスカヤさんを日本から強制退去させることはできないと通告しました。 彼女は人道的ビザを求めてポーランド大使館に連絡し、その後には空港のホテルに連れ戻されました。 ツィマノスカヤさんは私に歩み寄って来て、彼女の家族がベラルーシで安全であるかどうか尋ねましたが、私はこの質問に答えることができませんでした。

当時ツィマノスカヤさんは20歳くらいでした。おそらく24歳だったと思います。 彼女はベラルーシの大統領に反旗を翻しているわけではないのですが、自分の尊厳を守る必要があると語っていました。 その後、彼女はポーランドに護送され、ポーランド市民権を与えられました。ポーランド代表としてパリで開催される次のオリンピックに出場する可能性が高くなっています。ポーランド政府はワルシャワで再会できるようにツィマノスカヤさんのご主人にも人道ビザを発給しました。 ポーランド政府、日本の警察、諜報機関の間の協力体制は万全だったと言えます。 あらゆる挑発的な行為の可能性も懸念させる状況でしたので、シークレットサービスとも緊密なコミュニケーションを維持していました。 ツィマノスカヤさんが逮捕されないように、我々は土壇場でのフライト変更も行う必要がありました。こうしたレベルでの協力体制を組み、それを実行できたことは驚嘆に値することだと思います。

このインタビューに応じてくださったミレウスキ大使に心からの感謝を申し上げます。ありがとうございました。

本インタビューでは、ポーランドと日本の関係における目標、ウクライナ戦争、東京オリンピックでの人道的ビザの発行、日本との連携など多岐にわたって語って頂いた。
本インタビューでは、ポーランドと日本の関係における目標、ウクライナ戦争、東京オリンピックでの人道的ビザの発行、日本との連携など多岐にわたって語って頂いた。

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