バリ島を深く知って、体験するために

特別セミナーをインドネシア大使館婦人会が開催

インドネシアと日本にはバラエティ豊かな文化が存在し、その文化には伝統的な価値観、
芸術、文化などでの類似点が見られる。そのつながりは、両国間の関係を強化することに
も役立つと期待されている。今回は、インドネシア大使館婦人会 (Dharma Wanita
Persatuan KBRI Tokyo) がインドネシア共和国大使館と協力し、インドネシアと日本の関
係のより一層の強化とより深くインドネシアについて知ってもらうため、「バリと日本の
文化を調和させるカプセル化」というトークショーを開催した。

コロナ禍が落ち着いた現在、日本人の観光の在り方が変わってきている。今までの景色な
どを楽しむ観光から、より深くその土地をしり、体験する観光を人々は求めている。また
、一か所に長期滞在し、その土地を知りたいという人々も増えてきている。

このたび、駐日インドネシア大使館・インドネシア大使館婦人会では、そうした人々のニ
ーズにもこたえるべく、インドネシア保護ネットワークを設立したカトリーニ・プラティ
  ハリ・クボントップをこのセミナーのために招聘した。

このセミナーでは、バリ島に代々受け継がれてきた「トリ·ヒタ·カラナ」の哲学が紹介さ
れた。バリはスピリチュアルな場所でもあり、ここでは「神·人·自然、環境」が共に息づ
く。

バリにはスバックSubalk(水利組織)があり、それは文化と宗教も繋いでいく。この組織を通じて人々は人間、環境、その創造者である神とのハーモニーを作り出し、その中で暮
らしていく。

スバックはバリの人々の生活そのものと考えてもいい。この組織によって人々は農作業の
策付けパターン、灌漑、神楽の実施などの儀式活動に関する合意を得、農業施設、インフ
ラも整備する。スバック会員によって業務分担がなされていく。

スバックはバリ島全体の農業インフラ、水路、配水を考え、適材を適所に置いていく。人
々はこの組織を中心に知恵を出し合い、村での規律、規則を作り、民主的にいさかいを解
決し、平和な社会を作り出す。

バリの美しい自然を保護しつつ、人々がおおらかに暮らす背景にはこのような組織があっ
たことを日本の人々は初めて知ったのではないか。

訪れる前にその土地をしり、知識を得てから訪れる旅。新たな体験をする旅で、バリ島を
思いっきり楽しんで見たい。

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