惜しまれつつ帰国 駐日ジャマイカ特命全権大使 ショーナ・ケイ・リチャーズ閣下
2020年9月、コロナ禍中に駐日大使に就任したショーナ-ケイ·リチャーズ大使が、その任期を終えて、2026年1月2日、ジャマイカの首都、キングストンに向かう機中の人となった。
リチャーズ大使と日本との関係は深く長い。それは20年前の初来日にさかのぼる。その際に、広島、長崎を訪問し、被ばく者と会い、世界で唯一の被爆国という現実を目の当たりにした。リチャーズ大使は、「二度と被ばくの苦しみを味わってほしくない」と被爆者の想いを継承し、核兵器廃絶と恒久平和のために働くことを心に誓ったという。その後、リチャーズ大使は国連事務総長軍縮諮問委員会の議長を務め、その時の「誓い」を果たし、駐日大使となってその「誓い」に基づいたミッションを確実かつ誠実に推進してきた。

リチャーズ大使のミッションにおいて大変重要であったのは、J-Jパートナーシップという両国間での友好関係をより熟成させていくことにあった。それは「外交の本質とは人とのつながりにあるという彼女の信念に基づき、確実に実行され、大きく花開いて行った。
リチャーズ大使は日本で学んだ「一期一会」(一生に一度の出会い)という言葉を大切にし、人々との一つひとつの出会いをかけがえのない瞬間として大切にしてきた。
ジャマイカ・ブランドを日本に広く知らせる為、リチャーズ大使は日本全国に出向き、姉妹都市との絆を深め、新たに知り合ったコミュニティでは、全力で友好関係を築いていった。各地で若い人たちと交流し、励まし、幼稚園の運動会では裸足になって一緒に走り、子供たちと心で触れ合った。夏祭りでは日本人に交じって一緒に踊り、自国の音楽レゲエの紹介にも努めた。

ジャマイカの最も有名な特産物、ブルーマウンテンコーヒーはリチャーズ大使にとって何よりの同僚となった。ジャマイカと日本は2024年に外交関係樹立60周年を迎えた。しかし、その前からジャマイカと日本にはブルーマウンテンコーヒーという「民間大使」が存在し、深い信頼と友情を育てていた。

毎年1月の「ジャマイカ ブルーマウンテンコーヒーの日」には、日本への感謝を込め、必ずジャマイカの国旗の色を含んだ振袖を着こなし、それを日本の消費者に披露した。セブンイレブンで発売されたブルーマウンテンコーヒーのため、PRにも積極的に協力した。全国のセブンイレブンでブルーマウンテンコーヒーのPRをするリチャーズ大使の動画が放映された。リチャーズ大使の在任中ほど、ブルーマウンテンが日本国内で飲まれた年月はなかった。

ジャマイカを代表する文化輸出品であるレゲエ音楽と映画のさらなる普及と普及は成功を収め、ジャマイカ産ラム酒、ジャマイカ産綿花、そしてジャークチキンに代表されるジャマイカ料理は、日本で新たに広く受け入れられるようになった。ジャークチキンは松屋のメニューに加えられ、全国で手軽に楽しめるようになった。さらに松屋の依頼から、リチャーズ大使は松屋六本木店の「一日店長」として店頭に立ち、ジャークチキンのプロモーション活動を行った。

こうした多様かつ多岐にわたる大使としての活動は、駐日ジャマイカ大使館のスタッフの献身的な努力と労力によって支えられた。リチャーズ大使は大使館内においても申し分のない「いいボス」だったことがうかがえる。


リチャーズ大使が愛した日本語に「ありがとう」という言葉がある。感謝を示す言葉であるが、もともとは「あることが難しいほど貴重」という意味を持つ。
ジャマイカと日本にとって、リチャーズ大使の存在こそが「ありがとう」という表現で表される。日本を愛し、外交に全身全霊で尽くしていた名大使のことを日本人は忘れることはない。必ずまた日本に帰ってきてほしい。

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