前田行徳会創立100周年記念 前田家:久々に見る豪華な展覧会

前田行徳会100周年展で展示された、前田利家ゆかりの金箔押しの甲冑と兜。

今、NHKの大河ドラマ「豊臣兄弟」でも脚光をあびている槍の名手「槍の又佐」こと前田利家が初代藩主となる加賀藩前田家は、戦国時代にその礎を築き、江戸時代には華麗な文化を咲かせたことでも知られている。

前田利長・利常ゆかりの銀箔押鯰尾兜(なまずおのかぶと)。

まず展覧会に足を踏み入れると、勇猛果敢な戦国武将でもあった前田利家の兜、歴代の加賀藩藩主がまとった甲冑と陣羽織の見事さに圧倒される。甲冑のほとんどは、実際に身に着けて闘ったとは思えないほどよい状態で保存されているが、デザインからしても実戦には用いられていないように思える。どの甲冑も美的センスに優れ、工芸としても見どころがある。陣羽織は当時としては珍しく、また非常に高額であったはずの舶来の素材などが多く使われており、戦場での武将を美しく、勇ましくみせる工夫さえも感じることができる。大胆な図柄、立体的なシルエットが非常に斬新であり、現代にも通じるファッショナブルな文化遺産に間違いない。

絵巻、お軸の類にあって注目することは、前田家が天神信仰を非常に重視していたことだ。その事実は、前田家が菅原道真公の後裔として菅原姓を名乗っていたことからもわかる。前田行徳会には65点の菅原道真公に関わる作品が所蔵されているというが、今回も荏柄天神絵巻と菅原道真の怒りが顔貌からもうかがえる天神画像が展示されている。荏柄天神絵巻には、菅原道真が読んだ「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花 主なしとて春な忘れそ」の和歌でうたわれている梅の花の描写がある。その前に立つと、「このうめが大宰府まで道真公を追って行って梅か」と伝説が思い起こされる。また怒りに満ちた道真を描いた天神画像には後水尾天皇の筆による和歌が添えられており、それを納めた松竹梅蒔絵箱には道真公のシンボルでもある梅の花が美しい細工で表現されている。

この展覧会では、マニアックともいえるような蒐集にも目を見張る。その一つは学究肌で学問を好んだと言われる四代当主前田綱紀のコレクションだ。父の早世のため、わずか3歳で家督を継いだといわれる綱紀は、学問の奨励はもとより、書物奉行を設けて工芸の標本、古書の多くを収集して編纂し、百工比照としてまとめ上げている。東寺の東寺百合文書の保存などを始めとする古文書の蒐集、保存にも努めている。このたびの展示では、そうした膨大な古文書から選りすぐりの作品が展示されており、菅原定家による紀貫之の旅行記「土佐日記」なども見ることができる。

前田家第一の至宝、国宝の太刀「名物 大典太光世」。

武家が蒐集した美術品らしく、甲冑と共に見事な姿をみせてくれたのはなんといっても刀剣、短刀などではないか。国宝、光世作の《名物 大典太》の神秘的な光には刀剣マニアでなくても思わず見入ってしまう。この大典太は前田家でも最も大切に伝えられた太刀であり、江戸時代以降は当主、その一族を護持する刀剣となった。

前田家に伝わる豪華な茶道具と調度品の蒔絵コレクション。

ここまで見ていくだけでも国宝、重要文化財が続いていく展示に圧倒されるが、前田家が展開する茶の湯の世界には改めてため息が出た。極めて貴重な曜変天目は前田家に伝来したもので、現在は東京・根津美術館に所蔵されているものも、前田家の道具帳に記載があったという。また、曜変天目とならんで美しい茶器は、梅花天目をはじめとする大陸からやってきた茶碗、茶入れの数々だ。

この展覧会の最後の章では、明治維新以降、侯爵家となった前田家のコレクションが紹介されている。ここでも見事なのは、前田利為侯が集めたオートグラフの数々だ。在英日本大使館付武官としてロンドンに赴任した利為侯は、公務の合間を縫って駒場の邸宅を飾るための備品、美術品の収集を行ったという。

前田利為侯が収集したナポレオンらの筆跡(オートグラフ)。

その中でも最も力をいれて蒐集したのは、欧米古今有名人の筆跡(オートグラフ)だ。利為侯が集めたオートグラフには、クロムウェル、リンカーン、ナポレオン一世らの君主支配者から軍人、政治家、文化人、科学者、音楽家、画家、俳優などが揃う。大部分が書簡であるが、その筆跡をみることでその人柄、性格をも垣間見ることができる。

かつて第4代当主として古文書を収集した綱紀の血筋を引くよき収集癖が、利為侯の時代にも実を結んでいる。

多くの国宝、重要文化財が並ぶ「前田行徳会創立百周年記念 特別展 百万石!加賀前田家」は、予想を大きく上回り、大変見ごたえのある素晴らしい展覧会だった。

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