シンガポール大使館、第61回独立記念日を記念してレセプション開催
9月2日、帝国ホテルに於いてシンガポール共和国第61回独立記念日を祝うレセプションが華やかに開催された。今年のナショナルデーはまた、日本との外交樹立60周年を祝う機会でもあった。

ある国にとっては61年という歴史は短いとも言える。しかしシンガポールにとっては激動の61年であり、貧困にある発展途上国から今日の先進国となる大変な変革の年月でもあった。
「獅子の町」という意味を持つシンガポールは1959年にイギリスより自治権を獲得し、その後マレーシアの独立に伴ってシンガポール州となった。1965年にはマレーシアから分離し、シンガポール共和国として独立した。
日本は1966年4月、マレーシアからの独立を果たして一年足らずの時期にシンガポールとの外交関係を樹立した。その後、日本はこの小さな国に多額の投資を続けて行った。1970年代には住友化学とシンガポール・ペトロニアム・カンパニーはペトロ・ケミカル・コーポレーションを設立した。その後、その企業はシンガポール初の石油コンビナートへと成長していく。現在では、シンガポールは石油貿易で世界第3位、石油精製では世界第5位にランクインしている。その後、1980年代には電子機器、精密機器製造業が急速に発展し、村田製作所などの日本の一流企業が進出し、シンガポールに雇用を創出している。1990年代には金融業、サービス業の台頭が顕著となり、日本のメガバンク、地銀が支店を持ち、世界の有名投資銀行等と並んで業務を展開した。今、シンガポールは世界の金融のメッカとなっている。
シンガポールがマレーシアからの独立への道を突き付けられた時、状況は極めて不利であった。当時のリークワンユー首相のインタビューは今でも世界に知られ、その窮状を伝えている。その後、この小さな国が半世紀ちょっとでこのように豊かな国になるとは世界中のだれもが想像していなかった。この国の発展を支えたのは、シンガポール人の国民性にあるとも言える。シンガポール人は一つの国民として、一丸となって一つの国を作ることに賭けた。また勤勉さ、賢さと共に友を裏切らない誠実な人柄もその国民性に備えていた。国の運命はその大きさで決まるものではない。世界中のどの国も成しえなかった歴史の変革を、シンガポール人はたった半世紀の間に実現し、世界に示して見せてきた。
シンガポールにとって日本は最も古い友人の一人だろう。シンガポールと日本の経済関係は、独立当初から成長し、2002年の日本シンガポール新時代経済連携協定の調印により、確固たるものとなった。これは日本にとって最初の自由貿易協定でもある。石油のビジネスから始まった企業の進出は発展と成長をとげ、現在は従来の分野を超えて多くの企業がシンガポール進出している。パナソニック、凸版印刷などの日本の一流企業が、高い付加価値を持つ製造、研究開発の拠点さえもシンガポールに構えるようになった。

ビジネス上での信頼関係は、1998年のアジア通貨危機によってシンガポールが経済危機に直面した時も、揺らぐことはなかった。多くの外国企業が撤退したにもかかわらず、日系企業の殆どはシンガポールかでのビジネスを継続していった。最初は日本がシンガポールに投資するという一方的な関係であったが、現在はシンガポールの経済の成長に伴って、共に支え合う関係へと進展していった。今、シンガポールは世界第三位の対日投資国となった。
今年はシンガポールと日本は外交樹立60周年という記念すべき年でもある。独立間もないシンガポールとの外交樹立からの60年は、日本とシンガポールにとって二人三脚の発展といってもよい。そんな関係は今、親しみを込めて「SJ60」と呼ばれている。
この新たな節目の年に、シンガポールのローレンス・ウォン・シンガポール共和国首相兼財務大臣の来日時に、両国関係は戦略的パートナーシップに格上げされた。互いに自由で開かれた貿易を展開し、ルールに基づく多国間秩序を守って利益を追求することなど、共通点も多く、こうした強化は極めて自然な流れとも言える。
シンガポールは観光立国でもある。多くの日本人観光客が毎年訪問しており、その数は年々増加傾向にある。2025年には62.7万人の日本人が訪れ、安全でクリーンな環境の中、シンガポールの魅力を満喫した。今年は天皇皇后両陛下のご長女、敬宮愛子内親王殿下の訪問も11月に予定されている。オン・エンチュアン大使とエスター夫人もこのご訪問を心待ちにしているという。今回の愛子さまのご訪問によって新たなシンガポールブームが起こり、より多くの日本人がシンガポールを訪問し、観光を楽しむことだろう。

このレセプションでは、オン・エンチュアン大使夫妻の心からのホスピタリティが各所に隠されていた。特に日本人の憧れのラッフルズホテルからは、ホテルの顔でもあるドアマンが招聘された。同じくラッフルズホテルからは、本物のシンガポールスリングがもたらされ、来場者にふるまわれた。さらにシンガポールと日本の友好を表すかのように「抹茶スリング」もこのレセプションのために作られ、参加者の眼と舌にアピールした。贅沢にふるまわれたシンガポールの味はどれもとてもおいしく、日本にいながらシンガポールの魅力を十分に味わえた。しかし、最高のおもてなしは、なんといってもオン・エンチュアン大使による日本語でのスピーチではないか。


シンガポールとの関係が深い招待者はみな、シンガポールの魅力を再認識し、両国の友好と友情が更に深まることを感じた。温かい友情と誠実さが感じられるシンガポールらしい素晴らしい独立記念日のレセプションであった。
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