ピカソ meets ポール・スミス:遊び心の冒険へ、作品を引き立てる会場レイアウトで鑑賞
現在、国立新美術館で開催されている【ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ】(会期2026年6月10日(水) ~ 2026年9月21日(月・祝))は、遊び心と芸術がマッチしたインパクトのある展覧会だ。まるでオペラの舞台装置の中に入り込んだような錯覚に陥る。優れた美術作品を鑑賞したことでの感動以外に「楽しかった!」「異次元を体験した」というポジティブな感覚に必ずとらわれるだろう。
この会場のレイアウトを手掛けたのは、遊び心満載の自由な色使いで知られる英国人デザイナー、ポール・スミスだ。ポール·スミスは自由な発想でのデザインで知られるが、その仕立ては伝統的であり、精密で丁寧だ。その空間に展示されたのはパリ国立ピカソ美術館が所蔵するピカソの作品群だ。その二つの個性がしっかりと組み合わさったのがこの展覧会ではないだろうか。
展覧会は、ピカソの初期から晩年に至り、緩やかな時系列によって流れていく。そこにはピカソの芸術家としてのスタイルの変遷、ビジョンの変化が見て取れる。その変化をあたかもポール・スミスは直接ピカソ本人と話したかのようにとらえ、展覧会のレイアウトを作っているようだ。
この展覧会で、最初に現れるのは『セクション00:トロンプ・レスプリ(精神を欺くもの)』という空間だ。ここでは「自転車のサドルとハンドルか?牛の頭部か?」という質問を鑑賞者は受ける。

続く『セクション01:「ヴォーグ(流行)」中の芸術家』では、ピカソが『ヴォーグ・パリ』の写真にいくつかの線を加えた作品が鑑賞できる。ピカソは子どものころから書物に絵をかき込むことをしており、その様子を垣間見ることができる。ヴォーグに掲載された美しいウエディングドレスの女性がピカソの手によって、別世界の存在に生まれ変わる様子は面白い。そこにポール・スミスは「ヴォーグ」の表紙をはめ込んでいく空間レイアウトが加わり、ピカソの世界観はより深く見るものの心に訴えてくる。

『セクション03:バラ色の女性たち《アヴィニョンの娘たち》への前奏曲』と題された空間では、幾何学的造形へと突き進んだ転換期のピカソを感じ取ることができる。ポール・スミスはこの空間に、ピンクとオレンジという強烈な色合いをもたらした。その空間に立つとまるで地面が浮き上がっているような視覚に陥る。この演出はピカソが《アヴィニョンの娘たち》(1907年)において、鑑賞者を圧倒するような暴力的なまでの視覚的革新を成し遂げたことへのメッセージに他ならないと思える。

『セクション07:子ども時代』と題された空間では、舞台芸術が育んだピカソの創作世界が表現されている。ピカソは闘牛を愛し、フラメンコなどのスペインの芸能に大きな関心を持っていた。アルルカン(道化師)の姿をしたピカソの息子パウロを中心に、子ども時代を主軸とした作品が並ぶ。ポール・スミスによるアルルカンの衣装のような空間演出は、華やかでありながら、もの悲しいアルルカンの世界を感じることさえできる。

『セクション08:闘牛、生と死、あるいは性と死が交錯する劇場』と題された空間でも、ピカソが愛した闘牛がテーマとして登場する。この空間は赤一色で表現されている。ポール・スミスは闘牛の持つ力強さ、また雄牛と闘牛士の悲劇的な瞬間に注目し、情熱と血の色である「赤」を選んだのではないか。まるで闘牛場にいるような錯覚に陥る空間だ。

ピカソといえば、薄くなった白髪にボーダーシャツを着た男性というイメージを思い浮かべる。これは戦後メディアが作り出したピカソのイメージだ。ポール・スミスは、この空間では、デザイナーらしい服飾のモチーフを取り入れた。天井から下げられた無数のボーダーシャツ。それを見たら誰もがピカソを思い浮かべるだろう!
この展覧会の最後に現れる『セクション15:展覧会のピカソ、芸術活動を大衆へ開放した、展覧会ポスター』と題された空間では、無数の展覧会ポスターがレイアウトにつかわれている。これはポスターがピカソの芸術活動を大衆に開放する役割を担ったことをポール・スミスは暗示しているようだ

多数のポスターの中にあるピカソ作品を鑑賞するということで、ピカソを囲んできたあらゆる要素が昇華されている。
この展覧会は、単に優れた美術作品を目で鑑賞するのではない。自身の身体、感覚をもって体感するものだ。ぜひ体感してほしい展覧会だ。
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