「民藝SHOCK!!―没後60年 静嘉堂の河井寬次郎」展
現在、静嘉堂文庫美術館で開催されている「民藝SHOCK!!―没後60年 静嘉堂の河井寬次郎」は、大正・昭和に活躍した陶芸家、河井寛次郎の足跡をたどる展覧会だ。
ご存知の通り、河井寛次郎は、柳宗悦、浜田庄司と並んで、優れた作品を日常に使うことを意識し、「民藝」というコンセプトを生み出した作家だ。今年は河井寛次郎がなくなって40年、「民藝」の誕生からは100年にあたる記念すべき年でもある。この展覧会は河井寛次郎の作家としての集大成として開催されている。
展示されている作品のうち、51点は静嘉堂文庫美術館が所蔵しており、いずれも昭和初期に制作されている。この時期は河井寛次郎が民藝運動を精力的に推進した時期とも重なっている。寛次郎としては最も制作意欲に満ちた時期だったのではないだろうか。
この展覧会は、第1章「『彗星』出現―寛次郎の大正時代」、第2章「民藝の衝撃―『李朝』のやきもの、英国のスリップウェアと『下手物』」、第3章「創造の源泉」、第4章「岩﨑小彌太と近代陶芸─邸宅の装飾と愛用の品々」という4つの章によって構成されている。章を追って鑑賞していくと、河井寛次郎が時空を超えて出会う世界の多彩な陶芸に感動し、そのインスピレーションを得たことを自らの作風に活かしていることが非常によく伝わってくる。
「『彗星』出現―寛次郎の大正時代」と題された第一章では、まさしくすい星のごとく登場した寛次郎の作品における表現が主役だ。寛次郎は中国、朝鮮の古い陶磁器を見て、その美しい形に深い感銘を受けるとともに、名もなき陶工が作ったことにも、感銘を受け、刺激を受けていたことだ。その刺激によって自らの研究を昇華させていき、それは寛次郎の作品に影響を与えていく。
「民藝の衝撃―『李朝』のやきもの、英国のスリップウェアと『下手物』」と題された第2章は実に大胆で、見るものに衝撃を与える章だ。英国の「スリップウェア」の存在に大きな影響を受けた河井寛次郎が作り出した新たな作風に衝撃ともいえるほどの感銘を受ける。「スリップウェア」とは、濱田庄司が英国から持ち帰った、英国の庶民がごく普通に日用品として使っている陶器だ。しかし、この「スリップウェア」が持ち続けた魅力は特別だ。後日、バーナード・リーチ、濱田庄司らがそれを再発見し、評価するに至る。


河井寛次郎もまた「スリップウェア」に魅力を見出し、その力強さを自らの中で昇華させ、河井寛次郎の作品として新たな美を作り出している。日常の中にある美をみとめることこと、民衆的工藝(民藝)の根本といえるだろう。


「創造の源泉」と題された第3章では、朝鮮・中国・日本の焼き物と、寛次郎が作り出した作品が並ぶ。ここでは河井寛次郎の作品としては《曜変壺》と《曜変櫛目盒子》が展示されている。窯の中での変化を示す「曜変」という文字が作品につけられているのは、生涯でこの二点しかない。釉薬が紡ぎだす美しい模様に満足している河井寛次郎の姿が浮かぶような名作だ。また、同時に国宝《曜変天目》も展示されている。わずか3点の完全な形を保持した窯変天目の中の一つであり、その中でも特に美しい作品が静かにたたずむように展示されている。河井寛次郎作の窯変と国宝の窯変天目が同時に鑑賞できるという贅沢な空間にはため息さえ聞こえてきそうだ。

最終章である第4章は「岩﨑小彌太と近代陶芸─邸宅の装飾と愛用の品々」という題がつけられている。静嘉堂の創設者でもある岩崎小弥太は、その暮らしの中に近代の作家たちが作った器を愛用していたといわれる。まさに民藝を支援したコレクターに他ならない。
日常の生活に美を見出す。今、スローライフ、生活の質が見直されている時代に、河井寛次郎と岩崎小弥太が投げかけた民藝というありかたは深い意味を持っている。展覧会として美しい器を見るだけでなく、生活を見直す。なにかそうしたメッセージを河井寛次郎から受け取ったような気分になる展覧会だ。
民藝SHOCK!! ―没後60年 静嘉堂の河井寬次郎
2026年9月5日(土)~11月8日(日)
会期:2026年9月5日(土)~11月8日(日)
休館日:毎週月曜日(ただし9月21日(月・祝)、10月12日(月・祝)は開館)、9月24日(木)、10月13日(火)
開館時間:10:00 – 17:00 ※入館は閉館の30分前まで
*第4水曜日の9月23日(水・祝)・10月28日(水)は20:00まで開館
*11月6日(金)、11月7日(土)は19:00まで開館
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