TICAD8を記念して 横浜市役所で写真展開催

TICAD8を記念して 横浜市役所で写真展開催

TICAD8を記念して アフリカの今をみつめる写真展を横浜市役所で開催 8月27、28両日にチュニジアの首都チュニスで開催されたTICAD8-Tokyo International Conference on African Development(アフリカ開発会議)は岸田文雄首相がオンラインで出席、また林芳正外務大臣が岸田首相の特使として現地へ赴き、大成功をもって幕を閉じた。 そのTICAD8開催を記念し、「アフリカ-大使たちの視線」写真展 実行委員長を務めるモハメド・エル―ミ駐日チュニジア大使および駐日チュニジア大使館の協力により、アフリカの今を紹介する写真展が、8月14日から16日まで横浜市役所1階ホールで開催された。 開会式では、同写真展実行委員会で名誉総裁を務める高円宮妃久子殿下ご臨席のもと、アフリカの発展、TICAD8等についての印象的なスピーチを賜った。当日の妃殿下は、アフリカの自然の風景を表したジャケットをご着用なさり、そのお姿からもアフリカへの理解とあたたかなまなざしが感じされた。 この写真展では、19カ国におよぶアフリカ各地に駐在する、総勢36名の日本人外交官、自衛官らが撮影した写真が展示された。いずれの作品も、目の前にあるアフリカの姿を撮影したものだ。その中には美しい大自然、伸び行く都市の姿、歴史的な場所、はじける笑顔など、アフリカの今が満載されていた。 TICAD8を総括し、林外相が「共に成長するパートナー」であるアフリカの潜在力を日本企業が活かすための機会であり、新たなビジネスの潮流を踏まえて日本企業がより一層ビジネスを展開できるよう後押ししたい、今回の会議を通じTICAD8に向けた機運が一層高まることを祈念する」と述べている通り、アフリカは今、ひときわ勢いのある大陸だ。これからのアフリカ諸国と日本の成長にこれからも期待したい。 【関連記事】 Let’s Reconnect!『にっぽん-大使たちの視線』 TICAD8まで1ヶ月:モハメド・エルーミ駐日チュニジア大使にインタビュー 〜TICAD8に向けて〜チュニジア デー in 横浜開催! チュニジアの独立66周年を祝って

アイルランドのミホール・マーティン首相訪日

アイルランドのミホール・マーティン首相訪日

アイルランドのミホール・マーティン首相訪日 日本との更なる関係と協力の深化にむけて アイルランドと日本の外交関係樹立65周年を記念し、2022年7月に第15代アイルランド首相、ミホール・マーティンが訪日した。首相は、岸田文雄内閣総理大臣と会談し二国間関係をよりいっそう深めたほか、都内のホテルで開催されたレセプションに出席し、アイリッシュコミュニティのメンバーおよび日本のパートナーたちと親睦を深めた。 ミホール・マーティン首相がレセプションのスピーチで述べた通り、アイルランドと日本は1950年代からの長い友好関係がある。両国ともに世界的な課題に直面しつつも、緊密で温かく、また生産的な関係を続けている。この二国間関係は、民主主義、法の支配、人権の促進という共通の価値観に基づいていることに他ならない。 また、日本の経済的パートナーとの会談では、日本との強力な経済的互換性に基づき、アイルランドがイノベーション、デジタル、グリーン経済、ライフサイエンス、金融サービス、フィンテック、科学研究の分野で専門性を高めていることを述べた。 日本企業のアイルランドへの進出も多く、それによって投資と質の高い雇用が創出され、二国間の経済関係の更なる発展にも貢献している。 また、アイルランドはその文化でも広く知られており、世界的な作家、アーティストも数多く輩出している。アイリッシュダンスをはじめ、その国民的な文化もすばらしい。日本でもそうしたアイルランドの文化は深く愛されており、先日もジェイムズ・ジョイスのブルームズデーを祝った。さらに10月には、1995年にノーベル文学賞を受賞し、日本を愛した偉大な作家シェイマス・ヒーニーの名にちなんだシェイマス・ヒーニー賞の初の授賞式が行われる予定だ。同賞は、日本人作家またはアイルランド文学作品の日本人翻訳家に贈られる賞である。 ミホール・マーティン首相は、アイルランドによる長期的な投資や良好な二国間関係の象徴となる新しい大使館ビル「アイルランドハウス」プロジェクトを歓迎した。このプロジェクトを成功裡に導いたことには、両国の機関の緊密な連携があった。 ミホール・マーティン首相は日本滞在中、日本の緑茶をこよなく愛すると口にした。2024年にはアイルランドと日本の深い友好関係の証ともいえるアイルランドハウスがオープンする。そのオープニングには、是非ともミホール・マーティン首相に改めて来日し、ご出席いただきたいと願う。ぜひとも日本の人々と、おいしい緑茶を一緒に味わっていただきたい。 【関連記事】 セント・パトリックス・デーを祝って カヴァナ駐日アイルランド大使インタビュー 駐日アイルランド大使館 ブルームズデーと『ユリシーズ』刊行100周年を祝う

大使館クッキングクラス(1)ジンバブエ

大使館クッキングクラス(1)ジンバブエ

日本中近東アフリカ婦人会(NCAF 会長 小池那智子)は、日本にあるアフリカ、中近東の大使館と交流し、本場の文化を味わい、伝え、理解する活動を広めている。 この度は、ノンプメレロ・アブ-バスツジンバブエ特命全権大使夫人によるクッキングクラスを開催した。今回は、40名近い日本中近東アフリカ婦人会のメンバーが参加し、本場の味を楽しんだ。 ノンプメレロ夫人が教えてくださったジンバブエの「味」は、サッザ、カボチャの葉の煮物、牛肉のシチューの3点だ。いずれも日本人にはなじみのない料理だが、食してみるととてもおいしい。材料も日本で入手できるものであり、家でも作ってアフリカの味を楽しめる。 レシピは以下の通り。 (日本中近東アフリカ婦人会ではこうした交流イベントを度々開催。入会等のお問合せは:ncaf2016@gmail.com) ジンバブエ料理 【材料】 イシツワラ/サザ(濃厚なトウモロコシのおかゆ) 材料 コーンミール 3カップ 冷水 1カップ 熱湯 750ml 【作り方】 コーンミール1カップを鍋に入れる。冷水を加えてかき混ぜ、ペースト状にする。 鍋を火にかけて、強火にする。ダマにならないように混ぜながら、熱湯を同時に加える。沸騰するまでかき混ぜ続ける。沸騰したら、鍋に蓋をして火を弱め、15分煮込む。続けてコーンミールを少しずつ加え、だまにならないようによく混ぜる。好みの固さになったら蓋をして5分蒸らす。鍋を開けてさらに混ぜて完成。 お好みのレリッシュやソースでお召し上がりください。 イボボラ/ムブーラ(カボチャの葉のお料理) 【材料】 かぼちゃの葉 1kg 皮をむき、洗ってみじん切りにする。 みじん切りにした大きなトマト 1 個 ピーナッツバター 大さじ3…

 日チリ外交関係樹立125周年記念

 日チリ外交関係樹立125周年記念

日チリ外交関係樹立125周年記念平和を願って:ラリ村のクリンの鶴を贈呈 最近、日本ではチリというと良質でおいしいワインを思い浮かべがちだ。チリのワインは日本の食卓をかなり豊かにしている。チリという太平洋を挟んだ遠い「隣国」と日本は、普遍的な価値を共有しつつ、深く長い友好関係を築いている。日チリ外交関係樹立125周年を迎える今年は、多くの記念すべきイベントが両国で開催され、改めてその関係の深さとチリの豊かな文化に触れる良い機会ともなっている。 その一つに、9月7日に広島市で開催される「平和のためのラリ村のクリンの鶴」寄贈式がある。このイベントは駐日チリ大使館が主催し、特別にチリの民芸家がデザインしたラリ村の馬の尾の毛織の鶴を広島の人々に寄贈する。 チリはワインのみならず、織物も重要な産物であり、そのクオリティは世界に知られている。このイベントには、チリ外務省文化芸術遺産外交局とチリ民芸財団が参加し、200年の歴史を持つ「クリン」と呼ばれる特別な織物技術を基づいた手作りの工芸品が選ばれた。 今回、チリ側は事前に平和への願いの世界的なシンボルともなったあるひとりの少女と折り鶴の物語に感銘をうけ、「鶴」というテーマを選んでいる。1945年8月に広島に投下された原子爆弾により、放射線浴びて原爆症の犠牲となった日本人少女、佐々木禎子の物語だ。禎子さんは、放射線による病を治したいという望みをかなえるために千羽鶴を織った。 平和への願いを込めた「クリンの鶴」は、平和と核兵器のない世界への誓いを表現するために、ラリ村から広島まで17,000キロメートル以上の旅をしてやってくる。 寄贈式は9月7日(水)午前10時30分より、広島おりずるタワー12階で開催され、この寄贈作品は2022年9月7日から1年間、広島のおりづるタワー12階に展示される。 チリと日本の友情、チリから届いた平和を願う気持ちに感謝し、改めて平和への願いを込めて、「クリンの鶴」の到着を待ちたい。 作品と作家について: この寄贈作品作成のため、チリでは民芸家が選ばれた。それぞれの民芸家はその芸術性によって「鶴」を表現している。 民芸家 Brigida Caro Cabrera ブリヒダ・カロ・カブレラ Mariela Medina Medina  マリエラ・メディナ・メディナ Ana María Contreras…

アンゴラ大使インタビュー

アンゴラ大使インタビュー

身近になりつつあるアフリカの大国、アンゴラ 豊かな資源、民主主義的思考と女性の活躍を応援 TICAD8も今年開催され、日本からのアフリカへの注目度はますます上がっている。この機会にアンゴラという国について、駐日アンゴラ特命全権大使、ルイ・オランド・シャビエル閣下にじっくりとお話しをお聴きした。 大使執務室でお目にかかった大使は、洗練された身のこなし、ヨーロッパ系の雰囲気も感じる素敵な紳士だ。大使の母国アンゴラは、アフリカ大陸西南部に位置し、その豊富な地下資源と急速な経済成長によってフロンティアマーケットとしての成長を続けている。日本との関係も大変良好だ。 アフリカの最先端の思考を知る上でも、是非とも皆さんに読んでいただきたい面白いインタビューになった。 質問:大使のキャリアについてお聞きしてもよろしいでしょうか。 外務省には1976年に入省いたしました。それから、いままでに国連、アフリカ連合などの国際的な会議に参加してきています。 外交官としては、第一書記官としてフランスに9か月間、参事官としてイタリアに6年間、公使参事官としてポルトガルに9年間の駐在経験があります。駐在の際は、在外公館勤務をいたしてまいりました。大使としてのミッションは日本が初めてです。2018年の12月5日に、天皇陛下に信任状を奉呈いたしました。 駐日大使になる前、外務省本省において多国間関係局長代理を務めており、色々な国のデリゲーションとコンタクトがありました。その中で、日本ともコンタクトがありました。日本への駐在の話があった時にはすぐに喜んで承諾いたしました。自分の新しいステージに踏み入れるという意味でも重要な経験であると思いました。 質問:アンゴラは、日本では今まではあまり知られていない国でしたが、大使のご着任後の努力が実り、両国間はとても近くなったと言えます。具体的な政治的、貿易などについてもお話しいただけますか。 まず、現在の日本とアンゴラの関係は素晴らしい関係だと言えることができます。今までもよいレベルでありましたが、私が日本に駐在することによって、さらによくなって行くようにといたしたいと願っています。私が駐在する前には、「今まで以上によりよい関係を作ってください」という政府からのミッションを与えられたという経緯もあるからです。 しかし、関係を作るというのは、そんなに簡単なことでないことは理解しています。日本にはアフリカに対する方針というのがあり、さらに独自の考え方があります。ですので、日本のやり方を理解した上で、こちら側からもスムーズに動くべきでしょう。日本がアフリカに対しても色々と提案をして下さること、関係性を持つことを、いつも深く考慮していくべきでしょう。そうした考えを持ちつつ、日本側からもアフリカに対してはさらに、共に深く掘り下げていけるようにと考えています。 また、日本にとって、アフリカは遠い、もしくはイメージ的に遠いと思われています。しかし、ネット社会が発達した今、この時代になりましたら、そんなに遠いという大陸というのはもうないのではないでしょうか。 ただ、日本からアフリカに対しての考え方には、政治的に不安定であるという心配は今もまだあるようです。しかし、現在においては、いくつかの例外もありますが、基本的にアフリカの国々は政治的に安定しています。多くの国々は平和になっています。つまり平和な政治が行われていると理解していただきたいと思います。 特にアンゴラが地理的に置かれている南部アフリカですが、南部アフリカ開発共同体(SADC)となっております。この地域は、本当に平和な政治が保たれています。そのSADC地域は、アフリカの中でも大変経済的にもポテンシャルがある地域でもあり、更には政治的にも安定しているという理想的な地域とも言えます。 ぜひとも、日本の方にはアフリカ、特に南部アフリカ、アンゴラに行っていただき、投資を考えていただきたいと願っています。アンゴラがあるこの地域には、本当に豊かな資源に恵まれています。駐日アンゴラ大使としても、大使館としても、アンゴラができる限り日本で知られるようと努力をし続けています。日本側からも、我々の努力をよい形で受け入れていただいていると思います。 質問:2020年初頭から全世界で新型コロナウィルス感染によるパンデミックが起きていますが、アンゴラはどのような状況にあったのでしょうか。 アンゴラでももちろん新型コロナウィルスに感染した人たちは多く、亡くなった方もいます。ですが、ヨーロッパに比べたら、それほど悲劇というほどの被害には至りませんでした。それには、アンゴラ政府が早めに行動を起こし、移動クリニックが出動し、出来るだけ早くワクチンを国民に接種するという政策が功を奏したと言えます。 質問:日本とアンゴラの関係について、具体的な政策はおありでしょうか。 最初に、アンゴラから、2018年の年末に、大変大切なデリゲーションが日本に参りました。そのデリゲーションの中には大臣が3名含まれておりました。 そのデリゲーションが来た時に、南にあるナミベ港の包括開発請負契約を締結されました。これはアンゴラ政府とJBIC(国際協力銀行)等の間での一般協定で、投資総額は約700億円に上ります。 また、JICA(独立行政法人 国際協力機構)の事務所がアンゴラにできました。JICAが力を入れていることもあり、JICA関連の契約が数多くなされています。…

ボストン美術館展 芸術×力(げいじゅつとちから)現在開催中

ボストン美術館展 芸術×力(げいじゅつとちから)現在開催中

芸術×力という強烈なタイトルの展覧会が現在、東京都美術館で開催されている。 展覧会会場で感じる優れた芸術作品と権力には関係性がある。こうした芸術家を権力者が支援するというシステムはいつの時代にあっても確実に存在した。ルネサンスの隆盛にもその影響は大きく、豪商メディチ家の存在はとても大きい。 今回の展覧会は、まさに時の権力者が作らせ、愛した作品がそろえられている。キュレーションは多岐にわたり、けっして一つの時代、地域、芸術のスタイルにこだわっているわけではない。そのどれもが権力とはどういうものかを物語るようにち密で、素晴らしく美しい。 いくつかの作品を紹介すれば、芸術を愛したことで知られる乾隆帝の黄金に輝く《龍袍》と呼ばれる外衣が目に留まる。龍は皇帝を表す5本の爪をもち、米、山などの十二章は皇帝が宇宙さえも支配していることを表す。皇帝とはこういうものだと、この外衣は無言の威圧感をもって私たちに語り掛けてくる。 アメリカでもっとも裕福な女性と言われたマージョリー·メリウェザー·ポストが、英国王ジョージ5世とメアリー王妃に謁見する際に購入したエメラルドのブローチもその美しさに目を見張る。中央の大きなエメラルドの表面にはアイリスの模様が彫られている。それをぐるりと囲むダイヤと、そのダイヤに垂れ下がる大粒のエメラルドは、今も昔もアメリカの富の象徴とさえ言える。 日本美術も多く展示されているが、その中でも《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》は見逃せない。史実である平治の乱を題材に描いているが、その人物描写の面白さは興味深い。平治の乱の顛末は、武士の世の中の幕開けではあるが、ここでは貴族は白く、上品に描かれ、武士は下品な顔に描かれている。おそらく貴族階級によってオーダーされた作品なのだろう。また、このクーデターによって焼き払われる貴族の館を襲う炎の描写は素晴らしい。墨という画材がこれほどうまく使われ、炎を引き立てている表現は他に例がない。後の作家に大きく影響を与えたことも理解できる。 今回、約10年ぶりの里帰りを果たした《吉備大臣入唐絵巻》も見逃せない。遣唐使として唐に渡った吉備真備は、その才能を恐れられ、到着早々、唐の役人によって高楼に幽閉されてしまう。突然そこには赤鬼が現れ、吉備真備に知恵をさずけ、両名は協力しあって数々の難題を解き明かしていく。この赤鬼の正体は、すでに唐に渡り、客死していた阿倍仲麻呂だった。奇想天外なストーリー、吉備真備と赤鬼と化した阿倍仲麻呂の動きはまさに12世紀のサブカル、漫画とも言える。 この作品は昭和7年に、日本から売却という形でボストン美術館に渡っている。日本にあれば、確実に国宝に指定された作品だろう。しかし、当時の法により、こうした流出は防ぐことができなかった。その後、日本は第二次世界大戦を経験している。はたしてこうした国宝クラスの美術品を国家が守り切れたかはわからない。 海外流出によってボストン美術館に収められたがゆえにその形を保ち、その後、この作品は何度も日本に里帰りしている。これもまた権力がなせる業ではないか。 日本は権力、スポンサーが美術を擁護することが少ない。こうした文化への権力をより強めていく必要性さえも感じた。 すべてボストン美術館蔵 ボストン美術館展 芸術×力(げいじゅつとちから) https://www.ntv.co.jp/boston2022/ 展覧会基本情報 会期:2022年7月23日(土)~10月2日(日) 会場:東京都美術館 休室日:月曜日、9月20日(火)  ※ただし、8月22日(月)、29日(月)、9月12日(月)、19日(月・祝)、26日(月)は開室 ※日時指定予約制。当日券あり(ご来場時に予定枚数が終了している場合あり) 開室時間:9:30~17:30 金曜日は9:30~20:00 ※入室は閉室の30分前まで 展覧会公式サイト:https://www.ntv.co.jp/boston2022/ お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)

特別展「日本美術をひも解くー皇室、美の玉手箱」

特別展「日本美術をひも解くー皇室、美の玉手箱」

特別展「日本美術をひも解くー皇室、美の玉手箱」開催中 宮内庁三の丸尚蔵館には素晴らしい美術作品が収蔵されている。そうした珠玉の作品に、東京藝術大学の収蔵品を加えて構成されたのがこの美術展だ。会場となった東京藝術大学大学美術館は、岡倉天心とフェノロサが中心となって開校した東京美術学校を前身とし、以来、日本の芸術教育として重要な役割を担っている。この展覧会はそうした日本美術のトップとも言える二つの組織が協働で作り上げている。 展示室に入ると、《菊蒔絵螺鈿棚》の美しさにはっと息をのむ。この作品は明治天皇のご許可のもと、東京美術学校と宮内省によって制作された。この精緻かつ美しい螺鈿細工には、東京美術学校の一期生であり、後に漆の第一人者となり、日本人なら誰もが目にしたことがある麒麟麦酒の麒麟のマークをデザインした六角紫水らが関わり、当時の最高の技術と美意識をもって制作されている。 最初の展示作品から、この展覧会には匠という言葉が関わっていることが伝わってくる。日本を代表する各分野の匠が、その技を競い合っている。日本古来の雅楽を舞う楽師を伝統的な彫金と鍛金の技術で制作した太平楽置物は、その工芸技術の高さに圧倒される。高村光雲作のつがいの《矮鶏置物》(宮内庁三の丸尚蔵館蔵、8月28日(日)までの展示)の羽の描写は素晴らしい。また、真っ白な麒麟を表現した十二代酒井田柿右衛門の《白磁麒麟置物》(宮内庁三の丸尚蔵館蔵、通期展示)は、本来の優しい性格を表した姿ではなく、左前脚を上げ、振り返って雄たけびを上げるような雄々しい姿で表されている。 この展覧会には生き物をテーマにした章もある。国宝《唐獅子図屏風》(宮内庁三の丸尚蔵館蔵、8月28日(日)までの展示)は、右隻を狩野永徳が描き、左隻をひ孫にあたる狩野常信が描いている。永徳はつがいの獅子を悠然とした姿に描き、ひ孫の常信は、躍動感あふれる獅子を描いている。 月次絵と呼ばれる一連のシリーズには、皇室ならではの四季の移ろいが感じられる。酒井抱一が描いた《花鳥十二ヶ月図》(宮内庁三の丸尚蔵館蔵、8月28日(日)までの展示)は、その月ごとに花を咲かせる美しい花々と野菜、鳥の姿を組み合わせている。七月の図として描かれた、紺色の朝顔の花の間からのぞく、トウモロコシの姿、のびやかな筆遣いで描いた葉は特に印象的だ。 この展覧会に出展された作品は一度に鑑賞する機会が少ないものばかりだ。この展覧会は、日本人だけでなく、是非とも外国人にも見て頂きたい。日本の美が詰まった宝箱を開けた気分になれる。 特別展「日本美術をひも解くー皇室、美の玉手箱」展覧会公式HP 会期:2022年8月6日(土)〜9月25日(日) ※会期中、作品の展示替え及び巻替えがあります 会場:東京藝術大学大学美術館(台東区・上野公園) ※詳細は展覧会公式HPをご覧ください

離任を前に:コロンビア共和国大使インタビュー

離任を前に:コロンビア共和国大使インタビュー

サンティアゴ・パルド・駐日コロンビア共和国大使インタビュー 駐日コロンビア大使として過ごされた期間を振り返っていただけますか。 2011年にコロンビアコーヒー生産者連合会 (FNC) アジア事務局長として来日し、過去20年の間に前任者の方々が取り組んできた業務を引き継ぎました。9年間に亘り、コーヒー生産者組合と日本の産業界の橋渡しとして、コロンビアの主力商品を推進して参りました。これによってコロンビアの人々とコーヒー生産者に多大な恩恵をもたらすことができました。事務局長として産業界と協働し、協力関係を醸成し、互いのコミュニティの健全さに影響を与える提携関係を増やす機会を楽しんだとさえ言えます。 2019年にはイバン・ドゥケ大統領から、コロンビア共和国の大使として母国に貢献する機会を賜りました。この機会に大変感謝しています。それ以降、自分の業務領域を広げ、活動範囲を拡大する機会に恵まれ、現在ではコーヒーだけでなく、二国間関係全般に及ぶ取り組みを行っています。 新型コロナウイルス感染拡大はありましたが、日本との協力関係を深め、経済関係を強化し、文化や美食、国全体を振興する方法を見出すことができました。日本とコロンビアの力強い関係がより強固になっていくことを見ることができ、達成感を持って日本を後にします。 コロンビア大使館が今後も取り組んでいく課題は何でしょうか。 二国間貿易と投資の促進は日本とコロンビアの関係における重要な要素であり、今後もこの方向を維持する所存です。コーヒーはコロンビアから日本への主要輸出産品であり、日本で高い認知度を得ることができて嬉しく思います。また、輸出産品ポートフォリオの多様化と他のコロンビア産品の輸出促進にも取り組んでいます。日本市場で入手可能である高品質の産品、例えばアボカド、エビ、花、カカオなどです。 コーヒーのプロモーションで学んだ教訓を生かし、コロンビア産カカオでも同様の取り組みを行う予定です。このカカオは特別な名前があり、「芳醇な香りのカカオ又はカカオ・フィノ・デ・アロマ」と、国際ココア機関が定義する品質と製品特徴の分類が与えられています。 日本とコロンビアの二国間協議は、幅広い議題を含むことも注目に値します。特に気候変動に関しては、両国ともに2050年までに脱炭素化社会の実現を宣言しています。この概要では、エネルギー転換は重要な分野であり、コロンビアは水素生産の主導的役割を担う所存です。最近コロンビアは「水素ロードマップ」を発表しました。今後数十年で、次世代の新エネルギーに向けた水素を「クリーンエネルギー」の源としての基本戦略を含むこのロードマップに、日本政府や民間企業などの協力者及びパートナーの支援と投資をもって、引き続き実施に向けて取り組んでまいります。 世界的な新型コロナウイルス感染拡大により、あらゆる国で文化的交流の停滞が見られますが、何か文化的イベントを計画されていますか。 新型コロナウイルス感染拡大が文化的活動の実現に影響を及ぼしていても、私たちはコロンビア文化の振興に貢献する多様な種類のイベントを実施しています。一例として、東京でコロンビア出身の著名な芸術家フェルナンド・ボテロの展覧会「ボテロ展 ふくよかな魔法」を7月3日まで開催いたしました。続いて名古屋では7月17日から9月25日、京都では10月8日から12月11日まで開催予定です。近日中に「リサーチ! プロセスを魅せるデザイン展」がATELIER MUJI GINZAで開始されますが、この展覧会には、コロンビア人デザイナーのシモン・バレン氏が作品を出展しています。将来的には、交響楽団などクラシック音楽で代表的なコロンビア音楽家の活躍機会の推進を前向きに考えています。 私たちが推進しようとしているもう1つの分野は美食文化です。より多くのコロンビアの料理人を日本に招くことが目標です。と言いますのは、コロンビアの美食や産品、文化的伝統の多様性が広く知られてきたからです。コロンビアの美食文化の発展と認知度の例として、コロンビアをリードする料理人で、数年前に日本を訪問したレオノール・エスピノサがつい最近、「世界で最も優れた女性シェフ」に選ばれています。今後は願わくば、美食文化の活動を通じてコロンビアを日本で広める活動を継続してまいりたいです。 2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会(2020年東京大会)は、コロンビアと日本の相互理解を深めることにどのように貢献したのでしょうか。 2020年東京大会は両国の相互理解を向上させることができた絶好の機会でした。2020年東京大会の一環として、「ホストタウン」の取り組みが企画され、9つの自治体がコロンビアのホストタウンになりました。秩父市、大東市、郡上市、加須市、北九州市、前橋市、埼玉(県)、品川区、草加市です。 これらの日本のホストタウンと、中長期の関係を強化することの重要性を認識したこともあり、文化的交流活動を促進するに至りました。2020年東京大会の開催前に、ホストタウンは選手たちのトレーニングキャンプを実施しました。トレーニングの場となっただけでなく、地域の方々がコロンビアについて知るための素晴らしい機会となりました。このような相互交流を目の当たりして、私は大使としてこの上なく幸福を感じました。 その後、新型コロナウィルス感染拡大に襲われても、選手たちと地域コミュニティは交流を継続する強い意向があり、従来とは違う形でのオンラインによる様々な活動を開催しました。2021年の東京大会の競技に際しては、いくつかのホストタウンがトレーニングのための事前キャンプを実施することができました。この期間には、対面とオンライン双方の活動をもちました。選手たちと地域コミュニティで築いてきた友好関係を実際に目にして、心から感銘を受けました。この友好関係は、必ず将来も続いていくと思います。 また、私たちは大使館として、市長、知事、議員などのホストタウンの皆様と親密な関係を構築することができました。このご縁と、ホストタウンとコロンビアとの関係を今後も維持し続ける所存です。 2020年東京大会に関わる二国間の相互理解についての質問に戻りますが、選手たちの参加が二国間の相互理解を深める上で多大な影響を及ぼしたことが言えます。コロンビアの選手たちは、日本で素晴らしい競技と演技を披露してくれたことを、私たち全員非常に嬉しく、誇りに思います。 最後に、関係者と協力者全員が次のように語ることができたことも、非常に喜ばしく思っております。「2020年東京大会は安全で適切な感染症対策を講じた上で行われました。」関係者全員にとって、この大会は様々な困難を伴う大きな挑戦であったことを忘れられません。しかし、今では殆どの人が、良い選択を取ったことと信じ、また選手たちのためだけでなく世界のためにも、希望のシンボルとなりました。2020年東京大会のような重要な行事を安全に遂行できたことで、新型コロナウイルス感染症の世界的大流行がもたらした様々難関を乗り越えられることを示したとも言えます。 パルド大使にインタビューをお受けいただき、ありがとうございました。共に、日本を後にされます大使夫人アントニア・サニン様にも、心よりお別れのご挨拶を申し上げます。

かこさとし展 子どもたちにつたえたかったこと

かこさとし展 子どもたちにつたえたかったこと

日本を代表する絵本作家かこさとしの全貌をたどる展覧会が、現在、渋谷Bunkamura ザ・ミュージアムで開催されている。 日本の子どもたちのほとんどは、かこさとしの作品を読んでいるはずだ。 かこさとしは、1926年生まれ。多感な中学生時代に戦争を体験し、レオナルド・ダ·ヴィンチに影響を受け、一度は航空士官を目指すが、強度の近視のために諦める。その後、東京帝国大学工学部応用化学科入学するが三重県に疎開し、終戦を迎えた。その間に、東京の自宅は東京大空襲に襲われ消失していた。 戦後は世の中の価値観が全く変わってしまい、かこさとしは絶望感に見舞われる。しかし、彼はその時代に「セツルメント活動」に出会う。「セツルメント活動」とは、「人間として平和を愛し」、「苦しむ人々のために献身的に尽くす」、「生活の苦難打開に資することを念願する」という理念を持っていた。その当時のことを彼は、「あてもなく彷徨っていた僕の背中をゆっくり前に押してくれた」と語っている。この考えが、後のかこさとしの活動には大きな影響を与えていく。 「セツルメント活動」に参加したかこさとしは、工場労働者の子どもたちの為に自ら紙芝居を描き、上演している。いずれの紙芝居も、労働者の生活を反映し、どこか物悲しい。その活動を経て、1959年の『だむのおじさんたち』で絵本作家デビューし、かこさとしは次々と名作を生み出していく。 この展覧会には「だるまちゃん」「からすのパンやさん」など、日本人なら一度は手にしたことのある絵本の原画、デッサンが数多く展示されている。その一つ一つは驚くほどち密に描かれている。科学を学んだかこさとし独自の自然の観察眼、工場や歴史に対する忠実な描写が反映されている。また、働くことの尊さ、平和、共存、愛情などがすべてに共通するテーマだ。そのテーマは決して押し付けがましいものではない。しかし、絵本を読んだ子どもたちの心に、自然に、何か温かいものをもたらしていることに気づく。 展覧会最後に展示されている「宇宙進化地球生命変遷放散総合図譜」(生命図鑑)は圧巻だ。これはかこさとしの最期のメッセージでもあり、曼荼羅でもある。かこさとしがすべての人に伝えたかったことは、生命はみな同じく尊いということではないか。 よりうつくしく よりたくましく よりすこやかに かこさとしが残したメッセージは実にシンプルだ。だれもがそうありたいと願うが、その実現はどんなにむずかしいことだろうか。 この展覧会で、改めて平和と平等、人権、尊厳の大切さに出会える。 開催期間:2022/7/16(土)~9/4(日)  ※7/26(火)休館 会場: Bunkamura ザ・ミュージアム 開館時間:10:00-18:00(入館は17:30まで) 毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで) ※金・土の夜間開館につきましては、状況により変更になる場合がございます。 【関連記事】 『かこさとし展 子どもたちに伝えたかったこと』